『歴史(上・下)』トゥキディデス ちくま学芸文庫

題名が『戦史』とも訳されているこの本は、ソクラテスの時代(紀元前430年頃)にギリシア世界全体を巻き込んで争われた戦争、ペロポネソス戦争について、その時代のアテナイの人、トゥキディデスによって、事実を積み上げるような態度で書かれた歴史書です。

古代ギリシアの本何冊かに手を出した以上、いずれは読まねば、と思っていました。

大国ペルシアの侵攻を防ぐ戦争で戦果をあげ、ギリシア世界の盟主となったアテナイは、力の理論を振りかざして各国を従えました。しかしアテナイは、盤石の国力を持ち、かつ戦上手でありながらも、膨張欲に飲み込まれ、ラケダイモン(スパルタ)との戦争を何年にもわたって続け、最終的に負けることになります。

アテナイ配下の各ポリスは、戦わねば搾取され続け、下手に逆らって負ければ奴隷に転落や皆殺しという状況。

対するラケダイモン(スパルタ)は、脳筋、引きこもり体質で、各国からアテナイ対抗の中心となる期待を寄せられつつも、やることは単調、鈍重で中途半端。戦闘には勝つが、戦争はダメ。結局、長期化を助けているようなもので、褒められたものでもない。

そんな戦争から、何らかの教訓を後世に伝えようとして書かれたものですが、あまりにも長く続き(休戦期間含んで27年)、ギリシア全土の土地も人心も荒廃させきった戦争で、書かれた時期も長期に渡っているせいか、その主張には一貫性が乏しいとも言われているようです。

しかし、だからこそこの本は名著なのだと思います。

結末を知らないで書いているのであれば、初期にはアテナイがここまで酷い結果になるとは思っていなかったのではないでしょうか。ですが、あれよあれよと悪い方にころがる。必死の対策は割と的確なのに、立て直し切れない。

解説では、トゥキディデスが反対する人の意見の演説の論旨をわざとずらしている、という指摘がありますが、全体はそんなレベルを超えてしまっているのではないでしょうか。

個々の間違いは指摘し、非難できるかもしれないが、敗北の原因は何なのか。どうしたら避けられたのか。
論理的な演説で論理的な判断をしたら、正しい判断ができたのか?スパルタが勝てたのは論理的だったからなのか?
アテナイの増長による自滅なら、圧倒的な国力と勝利がその原因なのか。

ここで、この本の冒頭でペロポネソス戦争の「原因」を論じている部分に引き戻されます。原因って何だ?と。

この本は、ペロポネソス戦争の終わりまで書かれておらず、完結することなく、途中で終わっています。そのせいかトゥキディデスは結局、全体を一貫した考えにすることもしなかったようです。

単純に正邪善悪、効率効果、理論理屈でも、現実主義ですらはかる事ができない、トゥキディデス自身が困惑したであろうその歴史が、特定の主張に丸められてしまわない状態で、与えられている様に思えます。

「ポリス」という閉鎖的な国家システムの限界だったのではないか、という気もしてきますが、境界をなくせば良いのか…。現状の世界を見ても、事はそれほど単純ではなさそうです。