本:科学史3冊『思想史のなかの科学』『近代科学の源流』『文明の滴定』+『哲学原理』

クオリアや意識の問題は、科学という考え方それ自体に関係がありそうです。そこで、科学の歴史の本を何冊か読んでみました。

『思想史のなかの科学』伊東俊太郎・廣重徹・井上陽一郎 平凡社

序盤では東西広く見ようとしていますが、基本は古代ギリシア→西欧の流れを追っています。

古代以来、理屈に強い知識層と、実践に強い職人層の身分がはっきりと分かれていたのですが、レオナルド・ダ・ヴィンチの時代あたりに高級職人が出現したことにより、2つの領域が接近し、理論と実験が結びついたことが、科学発祥の1つの原因となったようです。

そうして出来てきた科学を、17世紀の科学革命において支えた思想的な支柱として、「ブルーノによる無限宇宙観」、「デカルトによる機械論的世界像」「ベ イコンによる自然支配の理念」の3つが挙げられています。特に後ろの2つは、「神に与えられた法則に従って動く自然」や、「神から人に与えられた自然」という、キリスト教に合致した思い込みとして、大きな役割を果たしているようです。

この考えは、「科学は、神に与えられた、それ自体存在する自然についての知識だ」という考えや、「機械的に動く自然と、それを観察・理解・操作する意識」という二元論にもなりました。

しかしその後、非ユークリッド幾何学などの出現と相対論や量子論などにより、科学は人間やその社会によって形作られるものだ、という理解があらわれてきます。また、二元論は意識と物理の問題である、「ハードプロブレム」につながるのでしょう。

また、この本では様々な科学の発展についても触れられています。

例えば、古代ギリシア以来、物は直接触れているものに押されることによってしか動かない、と考えられていたため、投げたボールが飛び続ける理由を説明するのに苦労していたのですが、運動量という考え方によって乗り越えられていきました。また、万有引力を考えだしたニュートンも、遠隔作用を認めて居なかったそうで、それまでの常識や直感を乗り越えて新しい考え 方にたどり着くのは非常に難しいことのようです。

他にも、産業革命が熱力学やエネルギーのアイデアにつながること、科学の発展において社会学のアイデアと科学のアイデアが相互に影響を与え 合った例、医学で血液が循環するというアイデアにたどり着くまで、などが取り上げられています。

また、20世紀に入り、科学は国家を後ろ盾としたものとなり、社会制度となっていったことにも触れられています。科学は、社会や国家から独立して真理を追い かけるものだ、などと脳天気に言えるものではなさそうです。(このあたりの話は、著者の一人の廣重の『近代科学再考』という本にも詳しいです)
『近代科学の源流』伊東俊太郎 中公文庫

『思想史の科学』では、ギリシアからひとっ飛びで西欧の科学革命に飛んでしまっていますが、それまでの間進歩はなかったのか。実はギリシアの自然学は様々な形で引き続き発展を続けていた、という本です。

ギ リシアの自然学は、アレクサンドリアの実証的な自然学を経て、古代ギリシアを吸収したローマが滅びた後も、ビザンチンやアラビアで発展をし続けました。特 にアラビアでは数学、天文学、物理学、錬金術、医学などが発展し、そうした成果が特に12世紀に西洋にギリシアの思想とともに入っていったことが述べられ ています。また、アラビアではインドの算術や天文学の成果も取り入られています。

この本からの話ではないですが、化学の言葉や数学や天文の言葉には、アラビア語由来のものがあたくさんあります。アルコール、アルデヒド、アルデバラン、アルゲブラ、そして、アルゴリズムもそうです。(冠詞のアルがつくわけです)

他にも、イギリスにはローマ時代に残ったギリシアの知識がキリスト教と一緒に少しだけ入っていたり、ギリシアの思想は色々な場所で引き継がれて発展し、色々な経路で色々な時期に西洋に入っていった、ということのようです。

また、アラビアで近代科学まで発展しなかった理由の1つに、アラビアの自然学は魔術的なものと切り離せなかったことがありますが、西洋で切り離せた原因の1つに、西洋ではキリスト教が魔術的な考え方を異端として弾圧したことがあるようです。

『文明の滴定』J・ニーダム 法政大学出版局

では、科学の源流はすべてギリシアにあるのか…。そうではない。ということを中国の科学の歴史を追うことで否定するのがこの本です。

い くつかの文章を寄せ集めた本で、「科学は西洋だけのものだ」「中国はずっと停滞していた」という西洋の思い込みの否定や、流行していたマルクス主義的な考え 方、微妙な翻訳など、読みにくい要素の多い本でしたが、羅針盤、火薬、機械式時計、などなど、世界に影響を与えた重要な技術的な発見の多くが中国にその源流を持ち、 15世紀頃までの中国は科学技術において世界を圧倒していた、ということが述べられていて、教えられることの多い本でした。

地磁気という現象を古くから研究していたのは「遠隔作用」という考え方に抵抗がなかった中国で、それが西洋にわたって力学の進歩に影響を与えます。(「気」という考え方ですね)また、機械式時計は 機械じかけの宇宙、という発想を西洋に与えました。外輪船も、人力でしたが元は中国で発明されたもののようです。血液の循環の考え方も、中国では思想的に抵抗がなく早くから知られていたようです。

また、これらの発明は、西洋では大きな社会変化の原因になったのに対して、中国はこれらを生み出しつつも、近代科学には発展しなかった理由を、社会や歴史につい ての考え方と合わせながら、考えていきます。

例えば、治水が重要な地形が中央集権化の原因となり、結果、論証よりも歴史の記録と実例を重視する姿勢 につながったこと。人口の多さと武器の発達が武力のみによる統治を難しくし、徳による統治が必要とされ、そのために国家としても技術を援助したこと。ま た、早くから官僚制が発達したために、商業が力を持たず、結果として近代科学への発展を妨げたこと、などの考えが述べられています。

中 国の社会はある意味安定をしていたため近代科学への発展を起こさなかったが、西洋は不安定で常に互いに牽制しあっていたため、武器や貿易で相手を出し抜こ うと必死になった結果が、科学を発展させた1つの原因とも言えそうです。

『哲学原理』ルネ・デカルト ちくま学芸文庫

おまけ的ですが、世界を機械的な自然と、人間の自由な精神、という形に 切り分けたデカルトの哲学書を読んでみました。

科学革命の思想的支柱となったデカルトの考えは、実験と理性を結びつけるものと思っていたのですが、むしろ実験のうちから、理性で説明できるものだけを本当だと思う、という理性の優位に重点が置かれたものだ、ということを科学史を知った後で読むことで改めて認識しました。

まとめ

これらの本を読むまでは、ヨーロッパがガリレオの時代に、ギリシアの考え方をアラビア方面から掘り起こした、位に思っていたのですが、そ んなに簡単なものではないようです。

クオリアの問題の元となったと思われる二元論の考えは、キリスト教や、インド=ヨーロッパ語族の考え方のパターンが大きく影響しているようにも思えますが、結局のところ、計算という理性によって世界を記述・理解・説明・操作する方法と、私達の実際の経験とのギャップを、デカルトは神と二元論という手持ちの材料で説明しただけで、問題自体はそのまま残っている様に思えます。