「論理学」タグアーカイブ

マンガ 12.h 論理学 8 アリストテレス

プラトンの学園で学んだアリストテレスは、ソフィスト達の問答競技の手法なども参考にしつつ、論証や議論の方法をまとめましたが、その中に最古の論理学とも言える「名辞論理学」がありました。

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マンガ 12.g 論理学 7 真実を知るための儀式

おかしな前提から議論を始めるとパラドックスが起こってしまうのなら、パラドックスを起こす前提を取り除いてゆけば、真実にたどり着けるはず…。

プラトンはこれを対話法という方法にし、最後に残る真実を、イデアという正しいことそのものだと考えたようです。

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※ 作中の錯視画像は、北岡明佳・村上郁也・蘆田宏らの画像を参考に作成しました。

マンガ 12.e 論理学 5 プラトンと問い

人の持つべき良い性質とは何か、その考えは正しいのかどうか、などの議論を投げかけたソクラテスは民衆の裁判により死刑になります。このことにプラトンを始めとした多くの人がショックを受けたようです。

そして、多くの人がソクラテスのしようとしていたことは何だったのかを考えた結果、「哲学」となっていったようです。

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マンガ12.d 論理学4 ソクラテス/参考文献 − 哲学者編

プラトンによるとソクラテスは、混乱する政治の中で人々に、人の持つべき良い性質とは何か、その考えは正しいのかどうか、などの議論を投げかけたようです。

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マンガ12.c 論理学3 ペロポネソス戦争

引き続き、古代ギリシアです…。

スパルタとの間でペロポネソス戦争をすることになったアテナイは、民衆政治を採用していました。その結果、議論や説得をする能力がますます重要となって行きましたが、政治は混乱していたようです。

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マンガ12.a 論理学-1/参考文献 − 古代ギリシア編

ここまで色々と数学や将棋空間の探索などを見てきましたが、これらと関係の深い「論理」について見てゆきたいと思います。

とにかく、奥が深くてたいへんです…。

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参考文献 − 歴史編
『古代ギリシアの歴史』伊藤貞夫 ちくま学芸文庫

印欧語族がギリシアに入植してから、都市国家ポリスを作り、民主化し、ローマに吸収されるまでの歴史。

『民主主義の源流』 橋場 弦 講談社学術文庫

ペロポネソス戦争後までも含めて、割とぐでぐでなギリシアの民主主義の歴史を紹介。

『歴史 上・下』トゥキディデス 訳:小西晴雄 ちくま学芸文庫

アテナイとスパルタ(ラケダイモン)の間で30年ちかく戦われたペロポネソス戦争について、同時代人のトゥキディデスが書いた本で為政者にとっての必読書とされてきたようです。

戦争終結までは書かれておらず途中で止まっていますが、続きはクセノフォンによって書き残されています。

感想:本:『歴史(上・下)』トゥキディデス ちくま学芸文庫

2016年に読んだ本-英米の哲学

昨年読んだ本のふたつ目。英米哲学、と呼ばれるものを中心に。

 ウィトゲンシュタイン『ウィトゲンシュタインのウィーン』『ウィトゲンシュタイン』マルコム

哲学の本をいくらか読んでいると、考え方の内容を理解するのも大変ですが、わかってもピンとこないアイデア、というのが沢山出てきます。その理由は、それを生み出した動機や社会環境、それまでに出てきていたアイデアの歴史が見えてない事が原因のようだ、と思えてきました。

そういう意味で『ウィトゲンシュタインのウィーン』は、ウィトゲンシュタインの哲学の動機を想像できるような、良い本だと思います。それは、過剰な装飾やタテマエばかりの、世紀末のウィーンで、人間は本当に何を言えるのか、を本気で考えたということのようです。

そして『ウィトゲンシュタイン』は、ケンブリッジ大学時代の、ウィトゲンシュタインの弟子、マルコムによる「思い出」です。とにかく真面目で真っ直ぐで、少しの妥協も許さない、それだけに、一緒にいるのは大変だとは思うけど、読み進むに連れて、何だかウィトゲンシュタインが好きになるような文章でした。

英米の哲学『一冊でわかるヨーロッパ大陸の哲学』『英米哲学史講義』『プラグマティズム入門』


プラグマティズム入門は、いくつか書きました。

哲学を広く紹介する入門書などを読んでいると、多くの本は「全体」を扱っていないことに気が付きます。

『一冊でわかるヨーロッパ大陸の哲学』によると、現代の哲学は大陸の哲学と、英米哲学(分析哲学)の2つの流れに別れてしまっているようで、そのことが関係しているようです。

(欧州)大陸−英米と名付けられてはいますが、この本で自動車を前輪駆動車と日本車に分類するようなものと言っているように、必ずしも場所ではっきりと分けられるものではありません。

現代の英米の哲学は、フレーゲらが生み出した、現代の論理学を正面から受け止めて、分析哲学という哲学の流れの中心となりました。そして今でも、論理的に言えることはなにか、どこまで言えるのかを突き詰めようとしているようです。

一見、それ以前のホッブス〜ベンサムあたりの流れとのつながりがわかりにくかったのですが、人間が実際に出来ることは何なのか、を重視する感覚は連続しているような気がしています。

『ホッブス』『蘇るリヴァイアサン』『リバイアサン1』ホッブス、『人性論』ヒューム、『市民政府論』ロック


『ホッブス』についてはなんとか書きました。
光文社のリヴァイアサンはまだ1しか出ていません。
ヒューム『人性論』はダイジェスト版です。(人生論ではなく、「人の性質の論」です。)

というわけで、イギリスの哲学への興味が強まり、読んでみたのがこれらです。

近代のイギリスの思想は古代ギリシアのアイデアを直接引き継いでいるかのように感じられました。特に、ホッブスが望ましい国家像を構築してみせる様子は、プラトンが『国家』や『法律』で言葉の上で仮想的な国家を作って見せたのを思い起こさせられます。

その後も、近代のイギリスの哲学は、人間の出来ることを問い、その結果としてどういう国や社会を作るべきかを示す、という二本立てで進んでいくようです。

 論理学『一冊でわかる論理学』『言語哲学大全1〜4』『ダメットにたどり着くまで』


後ろの5冊は完全に消化不良です。いつかそのうち、の思いを込めてここに…。『言語哲学大全1〜4』は「言語哲学」という名前ですが、素人的には論理学の本です。ごちゃごちゃした議論が延々と続きますが、言葉できちんと語れることは一体何なのかを、考えているのだということでしょう。

そういう意味でこの流れは、プラトン、アリストテレス以来の哲学の流れの一つなのでしょう。

     

本『中国人の論理学』加地伸行

論理学の話は古代ギリシアのアリストテレスの論理学から始まることが多いと思うのだが、古代中国の諸子百家も、やはり論理学に通ずるような議論をしていた記憶があった。これらには一体どんな関係があるのだろう。論理学は古代のギリシアにだけ生まれたものなのだろうか?という疑問からこの本を読んでみた。

論理学は議論や思考をするときに、「どれが正しいのかを決める法則を知ろう」という発想から出ていると思うが、そのとき二つのことが問題になる。どんなルールが正しいルールなのかと、どんな知識が正しい知識か、ということである。

アリストテレスの論理学や記号論理学では、正しい知識をもとに、言葉や記号を置き換えてゆけば、正しい結論を導き出すことができるルールを見つけ出した。これは形式論という。

だが、知識(言葉や記号の意味)が正しくなければ、どんな推論をしても意味がない。ごみを入れれば、ゴミが出るのだ。

そこで論理学では、ルールについての議論のほかに、記号や言葉の意味についての議論も必要となる。言葉が現実をきちんと表していなければ、意味のある議論ができない。春秋・戦国時代の中国(紀元前400年前後)ではこの方向性に対しての議論を活発にしたようだ。これは意味論という。

# 何だか文章が変なので、少しづつ直してゆきます…。唯名論と実念論、混乱しやすい…。

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